「今こそ決断の時」 ヘブル3章7~19節

イスラエルの失敗の中に現代の私たちへの生きた教訓と励まし、示唆を見ます。
1.御霊によって
イスラエルの民がエジプトを脱出し、荒野を40年間さ迷った行程の中に多くの教訓があります。私たちは過去の歴史から多くを学びます。聖霊が言われる通り、荒野での試みの日のように「心をかたくな」にしてはならないのです。聖霊によって書き著された聖書です。私たちは「神のことば」と信じ、聖霊によって傾聴することです。
2.荒野の祝福
 神様がどうしてモーセにこのような経験を通らせたのか、申命記8章2、3節に明らかにされています。第1に、神への信仰を問われています。第2に、心のうちにある本音が暴露されるのです。第3に、人はパンだけで生きるのではない、人は主の口から出る全てのもので生きるーそれをわからせるためーとあります。神と御言葉の前に真摯に向かうとき、神の声を聞くのです。神に出会い、幸いな荒野の祝福となるのです。
3.今こそ決断の時
 人生の荒野は、神の声を聞く機会であり、悪魔の誘惑を受ける時でもあります。
エジプトから脱出したイスラエルの民、約束の地に辿りつけたのはたった2人でした。モーセでさえ、神の栄光を現わさなかったため、約束の地に入ることが許されませんでした。ですからヘブル書は、私たちが挫折することがないように繰り返し繰り返し「きょうもし、御声を聴くなら・・」と励まし続けるのです。今こそ決断の時です。
私たちが何か出来るのは「今日」です。神様は、今ここで語りかけられ、私たちの応答を待っておられます。今日と言う日に「日々、互いに励まし合う」ことです。そして「今日」だれも罪に惑わされないことです。私たちには罪の惑わしがあります。そこにプライド、金銭、異性の罠があります。希望による祝福がクリスチャンに与えられた恵みです。神の子とされ、天国に国籍を持っているのです。主を知っている誇り、
十字架を誇る誇りがあります。3番目に「心をかたくなにしない」ことです。私たちは生まれながらの罪人です。うなじのこわい、強情な者です。私たちの捨てるべき誇り、それは傲慢です。私たちは信仰をもって忍耐し、神の前に忠実でありたいものです。

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