「神とともに歩んだエノク」 ヘブル11章5,6節 創世記5章21~24節

神とともに歩んだエノクの生涯から、信仰の模範に目をとめてみましょう。
1.エノクの生涯の転機
 エノクも生まれながらの「信仰の人」ではありませんでした。エノクのはじめの65年間は、神とともに歩んだ生涯ではなかったようです。65歳でメトシェラを生んで後、300年神とともに歩んだのです。エノクは親となり、家庭生活の厳粛さとその責任の大きさを自覚するようになりました。子どもの純粋なまなざしの中で、エノクは、「神とともに歩む者」と変えられていったかのように見えます。
2.神とともに歩むエノク
 神とともに歩むとはどういうことかをエノクの生涯から考えてみたいと思います。それはまず第1に、神に信頼して生きることです。神に信頼するとは、子どもがお父さんとお母さんに手を引かれて嬉しそうに歩く姿です。神様の手によって歩む人生が、「神とともに歩む」ことです。第2に、神に従順に生きることです。エノクの名前の意味は、「従う者」です。結婚生活を夫と妻がともに歩む、愛と調和をもって同じ方向に歩むのに似ています。ミカは、公義を行ない、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むこと、(6:8)と語ります。第3に、神との豊かな交わりに生きることです。最初の人アダムは罪を犯してエデンの園を追放されてから、楽しい主との語らいが途絶えています。セツがエノシュを生んでから人々は、主の御名によって祈ることを始めました(創4:26)。さらに子孫がくだってエノクも、神との深い交わりに生きています。神とともに歩むとは、神との深い交わりの中に生き、主を崇めることです。
こうしてエノクは、第4に神の栄光を現わしているのです。神とともに歩むとは、神の栄光を現わしつつ生きることです。「歩む」とは、日常生活を現わしています。日常生活のすべてが神様と深く関わっており、日々の生活の営みが神の栄光を現わすものとされるように勧められています。急場しのぎの信仰ではなく、日常性ということが大切です。私たちの日常生活が神に喜ばれるように生きる、これが神とともに生きることです。このようにエノクが神を愛し、神とともに生きてきたのですが、エノクが365歳のとき、「神が彼を取られたので、彼はいなくなりました」(5:24)。ヘブル書では「神に移されて、見えなくなりました」(5節)とあります。創世記にあるように「死ぬことなく天に移された」のです。信仰によってエノクは「死を見ることのないように移された」のです(5節)。エノクは地上の歩みの最後に、人々の歩みを神に向けさせたのです。これが大胆に主を証し、神に喜ばれる「人生の勝利者の姿」です。

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