「信仰による旅立ち」 ヘブル11章8節 創世記12章1~4節

信仰の父「アブラハム」に目を向け、ご一緒に考えてみましょう。
1.聞き従う信仰
 アブラハムが生まれ育った地は、ユーフラテス川がペルシャ湾に流れる地域、カルデヤのウルです。月の神などを拝む偶像の町です。アブラハムも生まれながらの「神の人」ではなかったのです。異教徒の家庭で生まれ育ち、偶像と迷信の暗黒の世界で成長しました。そのアブラハムが「神の声に応答」して立ち上がったのです。「この地を離れるように」、「私が示す地にいきなさい」と言われるのです。どこに行くのかを知らずに生まれ故郷を離れます。アブラハムは、神に従ったのです。アブラハムのこの応答の中に、神への揺るぎない信仰の姿勢を見ます。歴史の第一歩を踏み出しています。 
2.踏み出す信仰
 アブラハムの一行は、ユーフラテス川を北上、カランに到着、今日のイラクとシリヤの国境地帯です。数年間の滞在、そこで父のテラが召されます。神様はもう一度声をかけ、アブラハムの2度目の召命(創世記12:1~4)となります。アブラハムはこの時75歳でした。アブラハムは、なおも行く先を知りません。信仰の杖一本で、神の命令に従うことを選び取っています。信仰によって踏み出す者に主が与えてくださる「祝福の約束」を見ます。175年のアブラハムの生涯の中で、信仰によって踏み出す人生半ばの新たな決意、挑戦であり、アブラハムの信仰の底力が見えるのです。
3.待ち望む信仰
 私たちにとって一番辛く感じるのは待ち望んでいる時です。信仰の勇者は、その信仰のゆえに称賛されたのです。この世では他国人のような生活でした。この世の人々が喜ぶような経歴を退け、神のみに信頼したのです。アブラハムの生涯は、この世の物事への執着心が取り去られ、放棄していく生涯です。すべての執着、未練を取り去って神に聴き、神の前に心砕かれ、従順に、忍耐を持って歩み続ける信仰の父アブラハムです。信仰を唯一の拠り所として歩んだ人々の歴史は、彼等の歩みが正しかったことを証明しています。神様のみこころは段階的に知らされることがあります。
神により頼み、神のタイミングに信頼できるように神は私たちを助けてくださいます。

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